自然は偉大なチャーチスト

自然と人間が為す相場との関係を考察するブログです。

「債務のわな」を脱する手法

 

1933年、当時の米FRB(連邦準備理事会)議長マリナー・エクルズは議会でこう証言した。

 

「金持ちは可能な限り貯蓄しようとしてきたが、もはや、恐慌となり富豪が所有する稼働していない工場や車両、閉鎖中の銀行が増加し、貯蓄する価値のあるものはない」

 

債務は経済を脆弱にする。従って、この債務のわなからどう脱出するかが問題だ。この問題を解決するには、今日の世界経済がなぜこれほど債務に依存するようになったのかを考えることが必要だ。多くの人が中央銀行が無策だからだと思うかもしれないが、そうではない。貯蓄意欲が投資機会を上回ることが原因だ。この傾向が実質金利を押し下げ、需要が過度に債務に依存するようになった。

 

債務拡大の原因と結果を論じた論文が最近2本発表された。

1つは「富裕層の貯蓄過剰と家計債務の増加」と題する論文で、1934~48年にFRB議長を務めたエクルズと共通する見方を示す。もう1本の「債務負担に圧迫される需要」は、いかに過剰債務が需要をしぼませ金利を押し下げるか、その悪循環について説明している。

 

エクルズが明確に指摘した通り、格差がある段階を超えると、政策当局は高い失業率を放置するか債務をさらに増やすかという破滅的なジレンマに陥り、経済は弱体化する。貯蓄過剰に関する論文は、2つの点を指摘する。

 

第1は、米国では格差拡大の結果として、所得分布の最上位1%の貯蓄が大幅に増えたが、貯蓄が増えた割には投資は増えていないという点だ。それどころか所得に占める投資の比率は、実質金利が下がっているにもかかわらず低下し続けている。

 

第2は、富裕層の過剰な貯蓄拡大に呼応して、下位90%による貯蓄の取り崩し、所得以上の消費が拡大している点だ。

 

富裕層の貯蓄は経常黒字につながることもある。例えば19世紀後半の英国がそうだった。だが現在は各国の富裕層が米国資産の保有を増やしているため、米国は慢性的に経常赤字が続いている。2008年の金融危機前の住宅バブルが民間投資を急増させた時期を除き、民間投資は弱いままだ。国内外の富裕層の過剰貯蓄を主に使ってきたのは、家計にあまり余裕のない世帯と政府だ。

 

富裕層の貯蓄拡大と非富裕層の貯蓄縮小、融資の拡大と債務の拡大は直結している。1982年以降、富裕層の純借入比率は低下する一方で、非富裕層の借入比率は上昇してきた。従って、低金利が非富裕層に打撃を与えるという主張は間違いだ。非富裕層は全体としては純債権者ではない。富裕層は銀行預金を通じて直接的に、また非富裕層への債権を持つ企業の株式保有を通じて間接的に、非富裕層に対する債権を保有している。こうした格差の拡大と家計部門の債務増加という現象は、米国だけでなく世界的にみられる。


 
債務の増加はなぜ問題なのか?

 

一つは、経済学者デービッド・レビー氏が、論文「バブルか破綻か」で指摘したように、そうなると経済はますます金融によって動くようになり、債務者はさらに負債を抱えることになり、経済はその分脆弱になるからだ。

 

もう一つは、需要が「債務負担に圧迫される」からだ。いわゆる「バランスシート不況」論と似たものだ。不況の中で債務が膨らむと、人々はそれ以上借りまいとする。従って需要と供給の均衡を図り深刻な不況を回避するには金利を引き下げざるを得ない。かくして新型コロナ危機前からでさえ実質金利はゼロになっていた。これが元米財務長官のサマーズ氏が言う「長期停滞」を促すメカニズムの一つだ。

 

世界の需要と供給が均衡に向かうとすれば、その傾向がまず米国に表れることを考えると、特に米国を注視すべきだ。とはいえ格差拡大と貯蓄の拡大という現象は他の経済大国でも見られ、特に中国とドイツで顕著だ。中国はかつては過剰貯蓄を米国資産に投じていたが、今では国内の浪費的な投資で吸収している。ドイツはユーロ圏をはじめとする貿易相手各国の債務を拡大させてきた。

 

では、「債務のわな」からどうすれば脱出できるのか?

まずは、株式より借り入れで資金調達したくなる誘因を減らすことだ。そのために明らかに必要なのは税制の変更だ。ほぼすべての国の税制で借金が節税になる状況を改めなければならない。また、住宅の資金手当てもローンからエクイティにシフトすることが可能だ。加えて新型コロナ危機対策として政府は今、企業に融資しているが株の購入に切り替えればよい。現在の超低金利を考えれば、政府はごくわずかなコストですぐにも政府系ファンドを立ち上げられるはずだ。

 

とはいえ、これらの措置では、今の債務に依存したマクロ経済をいかに安定させるかという問題を解決することはできない。だが、解決策は2つあるようだ。

 

一つは、政府が国債を発行し続けることだ。だがそれを続けると、長期的にはある種のデフォルト(債務不履行)を起こすことになるだろう。その場合、政府の主たる債権者は富裕層なので、彼らが何らかの形でコストの大半を負担することになる。

 

もう一つは、家計部門の債務を拡大させることなく持続可能な需要と活発な投資を促すべく、所得分配を変えることだ。エクルズは冒頭の議会証言でこう続けた。

 

「消費者が消費でき、企業が利益を上げられるようにするために、富裕層の余剰資産から十分な資金を取り上げ、それを分配することは富裕層の利益にもかなう」

 

これは第2次世界大戦後、一部は偶然により、一部は意図的な計画によって実現した。

 

家計と政府の債務が増え続けていては、世界経済の安定は永遠に望めない。また、資産価格バブルがこれほど経済を翻弄すべきでもない。債務に依存しない経済を実現すべくもっと大胆な解決策を導入すべきだ。危機は従来のやり方を変える好機だ。従って、今すぐに着手すべきだ。

 


やるなら、“今、でしょ!!”