自然は偉大なチャーチスト

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覇権の変遷と米中関係

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覇権国家は必ず衰退する。 

 

覇権国家があり、それに挑戦する新興国家が現れると、大きな確率で戦争になるという「トゥキディデスの罠」。

 

 ハーバード大学ベルファー・センターの研究では、過去500年にわたる新興国とその挑戦を受ける覇権国との関係を示す16の事例で、12件までが戦争に至ったと分析されている。そして、15世紀末のスペイン対ポルトガル、20世紀始めのアメリカ対イギリス、冷戦下のアメリカ対ソ連、1990年代以降のドイツ対イギリス・フランスという4件で戦争を回避できたのは、双方が態度と行動の両面において痛みを伴う大掛かりな調整に応じたためと主張されている。

 

ポルトガルは「西アフリカで産出される金」と「東方の香辛料」を求め、15世紀前半から東方への航路を探っていたところ、1500年に領有権を主張したブラジルから金を採掘した。一方、東方の物資は地中海ルートでも供給されていたため、独占的なものではなかった。長距離の航海に必要な資金や軍事力の余裕に限られ、貿易を管理していたポルトガル国王はたえず財政の逼迫に悩まされ、1560年に破産へ追い込まれた。オランダ独立戦争渦中の1580年、ポルトガルはスペインに併合された。

イベリア半島を奪還した1492年の独立戦争で、スペインは覇権国となった。新大陸の植民地化を続けたが、1545年には植民地であったぺルーのポトシで大銀山が発見され、膨大な銀を獲得した。メキシコ、ペルーから略奪に近い形で積み出した銀で兵器、軍艦を購入し、海外でも領土を拡大し、帝国を実現した。ただ、スペインの無敵艦隊の船はオランダ製であり、国内の産業力は限られた。

16世紀~17世紀前半のほとんどは戦争に費やされた。それまでの戦闘やフランドル駐留軍の支出で、新大陸から得た富ではとても足りなくなった。国王の対外債務支払いに銀が使われた他、国内消費や対植民地輸出の大半が輸入品で、貿易収支は大幅に赤字化した。1588年のアルマダ海戦ではイギリス、オランダの連合軍に無敵艦隊が敗北し、新大陸貿易でも劣勢となった。1568~1648年のオランダ独立戦争で、スペインは経済力をつけてきたオランダを叩いたが、銀が底をつくと覇権国から凋落することになった。

 

17世紀、独立を果たしたオランダは、蘭・東インド会社(植民地貿易)を設立し、アジアへ進出。

ポルトガルからは香料貿易を奪取し、オランダ海上帝国と呼ばれるまで成長、「黄金期」を迎える。

しかし、植民地争いでイギリスと衝突。3回に渡る英蘭戦争に敗北し衰退していく。

また、フランス、ルイ14世は「絶対王政」を確立し、ブルボン家の勢力拡大に奔走する。同時に重商主義政策をとり仏・東インド会社を設立、ブルボン朝最盛期を迎える。一方で、領土拡大戦争に明け暮れ、王権神授説的独裁、裕福層の流出、特権階級の優遇、ベルサイユ宮殿の建設などフランスの財政は急速に悪化していき、絶対王政は限界を迎え、フランス革命が勃発。1800年前後、この混乱に乗じてナポレオン・ボナパルトが登場。強力な軍事国家となり、次々と武力で勝利を治め、普・墺・露を屈服させる。しかし大陸封鎖に失敗。再ロシア遠征にも失敗し、英にワーテルローで完敗、失脚する。こうしてイギリスの覇権は確固たるものとなっていく。

 

18世紀、産業革命によりイギリスは発展、産業資本主義が進展した。工業化に伴い、労働力・原料などを求め、帝国主義が発展していく。その一方で対仏戦争に勝利したイギリスは大植民地帝国へと成長し、インド・中国をはじめ、北米・カリブ・アジア・アフリカ・オセアニアを次々と傘下に治め、イギリス帝国黄金期を確立させる。しかし、第一次世界大戦による総力戦はアメリカの参戦によりかろうじて勝利したものの、イギリスは疲弊、植民地の地位向上という結果となり、アメリカに覇権を奪われ、大帝国は終焉を迎える。

 

第一次世界大戦後、第二次世界大戦を経て、米国は覇権国としての時代を確立していく。東西冷戦が終結し1990年、旧ソ連が解体すると、強大な軍事力と経済力を誇り、益々「超大国」となっていく。

 

 そして、今や、中国が新興勢力として、力をつけ、目下の米中は貿易戦争を繰り広げ、新型コロナのパンデミック発生ではお互いを批判しあっている。両国が「トゥキディデスの罠」に陥ったという指摘がある。前述のトゥキディデスの罠とは、米国ハーバード大学グレアム・アリソン教授(政治学)によって定義されたもので、その意味は新しい覇権を狙う新興国が既存の覇権国とぶつかり、戦争状態になるということである。米中がトゥキディデスの罠に陥ったとすれば、新興国の中国がアメリカの覇権に挑戦しようとしているという設定である。わかりやすい説明だが、今の中国は軍事的にみても、経済力をみても、アメリカと戦えるほど強くなっていない。また、アメリカはほんとうに中国のことを脅威と思って恐れているのだろうか。アメリカにとっては、まだ、ロシアのプーチンの方が怖い。中国は不愉快なトラブルメーカーにすぎない。

しかし、歴代アメリカ大統領が中国の人権侵害などについて指摘すると、中国政府は必ず内政干渉と非難してアメリカの批判を聞き入れない。また、経済的にアメリカ政府は米中貿易不均衡を問題にすると、中国政府はボーイング社の飛行機などアメリカの製品と商品を買い増ししてガス抜きの工作に出る。結局のところ、米中の間に横たわっている種々の問題が解決されないままである。

本来ならば、米中は首脳の対話を通じて絶えず意見交換しているため、考え方の違いがあっても、激しく対立するまで発展しないはずである。しかし、否定のできない事実として米中の間には隔たりが存在する。これが埋まらない最大の要因は人権、自由、法治と民主主義に関する価値観の違いであり、この隔たりこそ米中が乗り越えられない溝である。

アメリカからみると、中国がグローバル社会の一員である以上、その共通のルールに従ってもらわないといけない。基本的な人権と法治はもとより、ハイテク技術の開発もグローバルルールに従う必要がある。たとえば、5Gの技術開発をリードしているファーウェイに対してアメリカは制裁を行ったが、その理由は、ファーウェイがイランに技術と設備を供与し、しかも、その事実を取引先の金融機関に偽って報告した疑いがあるためである。5Gをはじめとするハイテク技術の開発をリードするファーウェイのような中国企業アメリカは認めないだろう。目下の米中関係は、相互不信が国交正常化以降最悪なレベルにまで達している。

 

専門家の一部は米中が新しい冷戦に突入していく可能性について指摘している。同時に、米中のディカップリング(分断)について言及する専門家も少なくない。しかし、おそらくアメリカが考えているのは、経済全般についての中国とのディカップリングではなく、ハイテク技術を中心に中国を封じ込める限定的なディカップリングではないだろうか。 

 

米中は、『トゥキディデスの罠』というより、「囚人のジレンマ」に陥ったようにみえる。囚人のジレンマとは、二人の囚人が互いに協調しあう場合、全体として得られる利益が最大になることが分かっていても、相手が裏切ることを考えて自己の利益のみを優先しようとして互いに裏切りあってしまい、全体として得られる利益が最小化してしまうという考え方である。少なくともグローバル社会における米中関係をみると、互いに協調しているよりも、互いに裏切りあっているようにみえる。このことはグローバル社会の不安定化をもたらす羽目になると考えるべきである。

 

ポスト新型コロナ危機のグローバル社会を展望すれば、米中の協力が実現できなければ、グローバル社会の繁栄と安定も絵に描いた餅になる。中国では、習政権は中央集権をいっそう強化しようとしている。しかし、アメリカとしては、独裁を強化する中国と協調していく可能性は低い。米中が軍事衝突に突入する可能性は高くないが、限定的なディカップリングになる可能性が高く、いわゆる新冷戦に突入する可能性を完全に排除することができない。