自然は偉大なチャーチスト

自然と人間が為す相場との関係を考察するブログです。

小売業の救世主ショッピファイ、「アンチ・アマゾン」戦略

 

「GAFAM」よりも、新勢力。そんな人には、「Shopify」。

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ジャン・バーギー(Jan Buerge)は35年間にわたり、ミズーリ州カンザスシティーで「World’s Window」(ワールズ・ウィンドウ、「世界の窓」の意)という名の店舗を営んできた。文字通り、世界各地から集めた工芸品を扱う店だ。だが、この3月に入り、新型コロナウイルスの影響で、店は閉鎖を余儀なくされた。

 

それでも、バーギーはあきらめなかった。とにかく早急に復活の計画を立てなければと考えたバーギーは、まず手元にある商品の写真を撮った。そして、夫と甥の助けを借りながら、すぐにこれらの商品をネットに掲載した。

 

それからわずか3日で、オンラインショップは大繁盛となった。米国全土からの注文が殺到し、バーギーは、南アフリカで使われていた電話線を素材に使ったカゴや、ハイチでつくられた金属製レリーフなどの発送に追われた。

 

バーギーは、独力でこの成功をつかんだわけではない。実はこれから説明するように、かつて投資家の「嫌われ者」だったある企業が現在、米国全土に無数に存在する家族経営の店舗にとって救世主となっているのだ。決済処理や商品の発送、マーケティングなど、オンライン販売の基幹業務を一手に引き受けるこの企業の株価は今後、さらなる急騰が見込まれている。

 

その企業とはショッピファイ(Shopify)だ。

 

ショッピファイは、オンラインストアを立ち上げて運営したいと考える経営者たちに向けた支援サービスを提供している。誰にでも使いやすい同社のサービスは、バーギーが経営しているような多くのスモールビジネスを、廃業の危機から救ってきた。

 

実際、ショッピファイでオンラインストアを作成した小売業者は、対面販売で生じた売上マイナス分の94%を、オンラインからの注文で取り戻している。つまり、新型コロナウイルスの影響で失った売上1ドルにつき94セントを、ショッピファイのおかげで手にしているわけだ。

 

だが、今をさかのぼること数年、ショッピファイは全くの嫌われ者だった。その理由は、ショッピファイの事業構想を考えれば明らかだ。ショッピファイは、スモールビジネスが自らの商品を販売できるオンラインマーケットプレイスの実現を目指している。これは、アマゾンの牙城に足を踏み入れる試みだ。小さなスタートアップ企業が、動物に喩えるなら体重360kgを超えるゴリラのような業界の巨人アマゾンと、どうやって渡り合えると言うのだろう?

 

投資家の大半が、ショッピファイは1~2年で撤退に追い込まれるとみていた。だが実際はどうだろう。誰も見向きもしなかった2016年の時点でショッピファイの株を買っていたなら、その時価総額は今では、当時の36倍にまで膨らんでいた計算になる。「嫌われ者」だった企業の、見事な逆転劇だ。

オンライン小売業は厳しいビジネスだ。ウェブサイトを構築し、インターネットのトラフィックをさばくサーバーを借り、代金を回収しなければならない。商品の発送や返品の受理、販売促進のためのキャンペーンといった業務もある。オンラインストアを立ち上げるだけでも相当の労力を要する上に、最低でも何千ドルというコストがかかる。

 

そこで、オンライン販売を計画する大半のスモールビジネスは、アマゾンと手を組む道を選ぶ。実際、アマゾンで販売されている商品の約3分の2は、サードパーティーの販売業者が扱っているものだ。

 

アマゾンは、オンライン販売の面倒な業務をすべて引き受けてくれる。ただし、それと引き換えに手数料を徴収する。アマゾンで物品を販売することは、自社製品を他の小売店の棚に置くようなものだ。独自のブランド構築はほぼ不可能だし、この「オンライン界のゴリラ」に、売上のかなりの部分をさらわれてしまう。

 

ショッピファイの手法は、アマゾンの真逆だ。同社は小売業者に対して、オンラインストアを自分で構築できるツールを提供する。いわば、自社ブランドの構築を手助けする、見えないパートナーのような存在だ。

 

それぞれのブランドのウェブサイトを見るだけではわからないが、英国の経済誌エコノミストや出版社のペンギン・ブックス(Penguin Books)、ユニリーバレッドブル、ハインツ、バドワイザーペプシネスレはすべて、ショッピファイのシステムを利用してオンラインストアを構築している。

 

その仕組みはこうだ。ショッピファイはシンプルなツールを提供しており、これを使えば月額29ドルからというお手頃価格で、自分だけのオンラインストアを構築できる。さらには受注管理も代行してくれる。つまり、ショッピファイの倉庫に在庫を置き、そこから商品を発送してもらうことが可能だ。

 

ソフトウェアやサーバーの管理は不要だ。高給取りのプログラマーを雇ったり、自分でプログラミングしたりする必要もない。さらに、出荷の手間からも解放される。

 

短時間の設定作業だけで、自らの屋号を冠した本格的なオンラインストアが立ち上がる。しかもアマゾンの場合と同様に、自動的に稼働してくれるのだ。これは、あらゆる設備ときちんと教育された店員を、わずかな費用で手に入れるようなものだ。店主は商品を並べ、看板を掲げれば、あとは商品が売れるのを悠々と見守るだけでいい。

 

ショッピファイの事業は大きく拡大している。2012年の時点では、同社サービスを利用する小売業者はわずか4万2000社だった。それが今では、ショッピファイのサポートを受けてオンラインストアを立ち上げた企業は、全世界で100万社を超える。

 

2019年の1年間で、同社プラットフォームを経由した商品の販売額は600億ドル(約6兆4140億円)に達した。これは、同社が「嫌われ者」だった2015年の実績と比較すると、実に7倍という急増ぶりだ。

 

今やショッピファイは、世界の小売業者(オンラインとリアル店舗の合計)で15位にランキングされている。これは、ホームセンター大手のロウズ(Lowe’s)に迫る規模だ。

 

ジャン・バーギーと、彼女が経営する店舗を例に考えてみよう。これまで、バーギーが営む店を訪問できるのは、実店舗があるミズーリ州の住民に限られていた。だが今では、ショッピファイのサポートを受けて開店したオンラインストアのおかげで、米国内のあらゆる所に住む顧客に販売できるようになった。

 

支払いや出荷、マーケティングといったオンライン販売の基幹業務はショッピファイが引き受けてくれるので、バーギーは、唯一無二のものづくりを担う、世界中の職人を探すことに集中できる。

 

ショッピファイは、小売業界の既成概念を打ち破る、真に革新的な企業だ。「アンチ・アマゾン」として自らの地位を固める同社は、いわば、小売りの星である。