自然は偉大なチャーチスト

自然と人間が為す相場との関係を考察するブログです。

テスラは自動車業界を変えるか?


 テスラは、車よりITに近づいている。

 

 株式市場ではコロナ禍の影響で産業ごとに明暗がはっきりと分かれている。一例を言えば、明はIT(情報技術)、暗は自動車だ。米GAFAは4社のうち3社がコロナ禍の深刻化した1月末以降、株式時価総額を1~3割拡大したが、トヨタ自動車など車の主要メーカーは軒並み減らしている。

 

 そんな中、電気自動車の米テスラだけは時価総額を大幅に増やし、トヨタを抜いて自動車産業のトップに立った。売上高はトヨタの11分の1、販売台数は28分の1しかない。だが、両社の間に厳然と広がりつつあるのは、「成長期待」という名の曖昧だが莫大な威力を秘めた「勢い」の差だ。

 

 時価総額が売上高の何倍にまで達しているかを示す「プライス・トゥー・レベニュー」という指標がある。それで見ると、トヨタを含め主要な自動車メーカーの倍率は1倍を割り込む(成長を期待されていない)一方、テスラは10倍超だ。これはフェイスブック(9倍)などと同水準であり、テスラがIT企業と似た期待感で株が買われていることを示す。

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 買われすぎとの指摘はあるが、根拠はないと言い切る確かな反論も逆にない。プライス・トゥー・レベニューでいえば、あと15~20年で電気自動車は世界の自動車市場(年間約1億台)の約3割を占め、先行者利益のあるテスラは25%のシェアを握る。各種調査のそんな平均値に従えば、同社の販売台数は今の約40万台から800万台近くにまで増える計算だ。

 

 もちろん、可能性の話であり、曲折もあるだろう。これまでにも同社は社債の償還や経営者の物言いなどで株価が荒い値動きを演じてきた経緯がある。

 

 だが、世界を見渡せば、二酸化炭素(CO2)削減のための環境規制が各国で強まり、ガソリン車の販売には重いキャップがはめられつつある。構図で言えば、テスラは規制のない電気自動車を思う存分に売ることができ、利益は比例して拡大していく。

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 一方、新車販売台数で世界一を競うトヨタや独フォルクスワーゲンVW)は生産性に磨きをかけてきたガソリン、ディーゼル車の販売に足かせをはめられ、償却が始まったばかりの資産を背負った電気自動車に軸足を移していく必要に迫られる。「100年ぶりの転換期」と言われるゆえんだ。

 

 

 だが、このコロナ禍の混乱の中でテスラの評価が急激に上昇した背景はそれだけではないのではないか。筆者はその要因をさらに(1)非接触(2)ソフトウエア(3)ARPU(ユーザー平均単価)――という3つのキーワードに見いだすべきだと考えている。

 

 まず非接触だ。都市封鎖(ロックダウン)下の英国で4~5月に最も多くの新車を売ったメーカーはどこか知っているだろうか。VWでもダイムラーでもトヨタでもなく、テスラである。

 

 理由は単純で、同社は大半をネット上で販売しており、巣ごもり消費の恩恵を最も受ける立場に身を置くことになった。また、ロックダウンで街中から車が減り、澄んだ空を見上げた人々から「排ガスを出す車より電気で走る車がやっぱりいい」との印象を持たれることにも成功、ESG(環境・社会・企業統治)投資の資金が同社の株に向かう流れができたとも言われている。

 

 次にソフトだ。車の価値が今後どこに向かうかと聞かれたら「ソフトに」と断言できる時代がやがて来る。テスラの車はその点、パソコンのようにソフトのアップデートを繰り返して機能を広げていく方式にもう移行している。買った時より買った後の方が車が賢くなる、との考え方だ。

 

 そしてARPUだ。同指標は「車がソフト化する時代」のユーザー1人あたりの売上高を指し、例えばテスラは自動運転機能のアップデートに、数十万円に上る課金をすることもある。車には高性能カメラやセンサーなど基本的なハードをあらかじめ搭載し、後はその時々でベストの技術を有料で加えていくわけだ。

 

 これに似ているのがアップルのパソコン「マック」やスマートフォン「アイフォン」だが、アップルは基本ソフトのアップデートには課金をしない。その代わり定額サービス「アップルミュージック」や「アップストア」などは商品の購入後も課金を続けてARPUを上げようとする事業だ。

 

 同様に、映画などが見放題になるアマゾン・ドット・コムの「アマゾンプライム」やグーグル、フェイスブックのネット広告もARPU型だと言われている。GAFAの経営や財務諸表を読み解く上で、最も重要な指標と言えるのがARPUであり、テスラが志向し、株式市場が期待しているのも、自動車産業のソフト化だ。

 

 比較の対象がGAFAになるとして、例えばアップルの2019年の業績を見てみよう。売上高(約28兆円)は6年前より約5割増えているが、注目すべきは売上高構成比率だ。アイフォーンの比率は全体の55%で同じなのに対し、音楽課金など「サービス事業」が18%へとほぼ倍増している。時価総額で世界2位の同社の強さの源泉はARPUであり、テスラも似たような道をたどろうとするのは間違いない。

 

 挑まれる日本の自動車メーカーにとっても好機にしないといけない節目なのである。