自然は偉大なチャーチスト

自然と人間が為す相場との関係を考察するブログです。

和の哲学

 

 元々日本は「日が本」と言う事で、日本人は太陽が命の源だと知っている民族なのだそうです。天照大神は太陽を意味します。

 

 アーノルド・トインビーは、神話と歴史を共有するのが民族の条件と言いましたが、日本では神話と歴史をあまり学びません。大きさに関係なく世界中のどんな国でも、歴史を教え、建国の精神や 偉大なリーダーの事を教え込みます。ところが教科書では日本が2000年を超える世界で1番歴史の古い国である事や、和の哲学をベースに国づくりを進めた事などは学んではきませんでした。

 

 ヨーロッパで科学革命が起こり、人と自然が分離され「人は自然の主であり所有者である」と言う自然認識が啓蒙主義につながり産業革命を起こし、物質文明の豊かさを生みました。しかしながら物質文明の豊かさは、精神の砂漠化を生み本来の全一的な自然認識を失わせてしまったのではないでしょうか。日本も黒船の到来以来、文明開化、富国強兵、経済成長と懸命に右肩上がりの成長路線を走って来ました。

 

 人類が生まれて600万年といわれますが、その2万分の1のこの300年の間に人口は大爆発をし、この100年の間でも4倍になりました。60億を越える全人類がアメリカと同じような暮らしをするには、この有限な地球が4個分必要になるのだそうです。我々は右肩上がりの発展が続いていくという幻想を抱いて来ましたが、有限な地球を考えた時人類は新しい価値観を持つ必要に迫られています。

 

 「Sustainable Development」を持続可能な開発と訳すか永続的発展と訳すかにより未来が変わってくるでしょう。大量生産大量消費による右肩上がりの発展には終わりが来ます。将来世代から見た、永続的発展をするための循環型社会を創っていく必要があります。また、理性と感性と日本特有の”霊性”(自然との調和)が響きあう「総合知」が求められてくるでしょう。

 

 日本の建国の精神である和の哲学は、人と人が和すだけではなく、人と動物も、植物も、大自然もが和していくという哲学です。和する事は同ずる事ではありません。自分が紛れも無い自分であって始めて人が人であることを認められます。紛れも無い自分が、感謝の心を持って自らのエゴを越え、また人の公共性を引き出した時にこそ、和の世界が生まれ、永続的発展が実現するのです。

 

「和」するとは強いものが弱いものを押さえつける事ではありません。力には強い反作用が起きますが、それをやわらぎの力で受け止め、和していく、和の哲学はグローバルスタンダードをはるかに超えた、世界に発信していくべき哲学ではないでしょうか。

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 生まれて死んで、それを繰り返しながら命をつないでいくのが生き物の定めです。今命を与えられ、私たちの出番が来ていますが、この命は全ての過去を含んだ命であり、全ての未来を含んだ命であります。

 

将来世代に何を残していくのか、1人1人に問いかけられている、命題ではないでしょうか。