自然は偉大なチャーチスト

自然と人間が為す相場との関係を考察するブログです。

格差を生むマーケット

調和や相互の尊重が株式相場の上昇に必要な要件でないことは、特にこの3年半の状況がよく示している。しかし金融市場とそれを取り巻く世界との隔たりは、この数か月間で過去にないほどの拡大を見せている。

 

新型コロナウイルスの危機的な感染拡大は、少なくとも10万8000人を超える米国人の命を奪い、被害拡大を防ぐための経済活動の停止は失業率の急激な上昇を招いた。追い打ちをかけるように、5月にミネソタ州で黒人男性が白人警官に首を圧迫されて死亡した事件を発端とする抗議活動が、全米各地や米国外にまで広がっている。

 

その一方で、株価は今年2月につけた過去最高値に近づく勢いで回復を見せている。

この矛盾を簡潔に説明するならば、市場は新型コロナウイルスの感染や米国を悩ましている暴動とは別のところで機能しているということになる。もっと端的に言えば、株式投資をする個人は米国の中でも白人を中心とする裕福な部類で、この層は死の可能性もある感染の恐怖に深刻にさらされるわけでもなく、失業率上昇も限定的で、外出規制下で在宅勤務を続けながら、むしろ安全な日々を過ごしている。明らかに差がある環境の安全な側にいて、この状況から恩恵さえ受けている。

 

数字も明白な差を示している。フィナンシャル・タイムズ誌に掲載されたゴールドマン・サックスの推計によれば、米国の半分を超える世帯が株式を保有しているが、2019年第3四半期末時点で上位わずか1%の世帯層が全体の56%に当たる21兆4000億ドル相当を保有していた。下位90%の世帯層の保有は12%に当たる4兆6000億ドルにとどまる。

 

人種間の差も大きい。

クオーツ誌の記事によれば、米連邦準備制度理事会FRB)のデータに基づくと、アフリカ系米国人(以下、黒人)の株式保有率は、教育環境などの要素を考慮しても白人に比べてずっと低い。白人世帯の約60%が株式を保有しており、この数字は黒人世帯のおよそ2倍だ。

 

親が大卒の黒人世帯の場合の株式保有率は62%で、大卒でない場合は約半分の31%だ。白人世帯では親が大卒でない場合も56%と大卒黒人世帯とそれほど差がない。親が大卒の白人世帯の86%が株式を保有している。

 

異なる二つの世界が存在する。

金融情報会社マグニファイ・マネーの調査によれば、半数を超える回答者は、株式市場は米国消費者の経済状況を表していないと考えている。共和党支持者と証券口座を持つ層では、大半が市場は平均的米国人の状況を反映していると考える可能性が高かったが、どちらのグループでも全体の35%しか、この考えに同意していない。民主党支持者では24%、証券口座を持たない層では13%だけしか、市場は平均的米国人の状況を反映しているという考えに同意していない。

 

2月の終わりから3月にかけて株式市場や社債市場が急落した時には、金融市場と現実の日常は相関しているように見えた。ニューヨークなどで感染者の急増に医療体制が追い付かず、状況が深刻さを増す中、S&P500指数は2月後半から3月後半の期間で時価総額の約3分の1を失った。

 

失業率も急上昇し、この状況にFRBは3月、定例の金融政策会議を待たずに緊急利下げを2回実施し、政策金利を実質ゼロ%とした。量的緩和策も再開し、買い入れの対象を米国債住宅ローン担保証券MBS)に加えて社債も含めることに踏み切った。3月半ば以降、FRBのバランスシートは4兆ドルをわずかに上回る水準から7兆ドル超まで拡大した。さらに、連邦政府は異例の速さで、家計や企業への資金供給の拡充向けに3兆ドル規模の追加経済対策案を5月に公表している。

 

5月の失業率は13.3%で、戦後最も高い値となった4月の14.7%から改善はしたものの、歴史的に見ても依然として高い水準にある。それでも、資金調達市場の流動性の上昇は株価を押し上げた。

 

 しかし、慎重な意見も多い。

新型コロナウイルス感染症パンデミック行)による失業者のうち、年内に就業できるのは60%程度にとどまるとの予想がある。つまり、1300万人は無職のままで、失業率が約10%のまま2021年に突入することになる。就業者が250万人増加したことは心強いが、このうち何人が雇用され続けるのか、そして雇用ペースがどの程度早く改善するのかを判断できるまでには時間がかかるだろう。

 

また、今後の雇用ペースと先月の失業率改善の持続性を取り巻く不透明さは、新型コロナウイルス支援・救済・経済安全保障(CARES)法の一環である給与保障プログラム(PPP)から派生している。このプログラムは、中小企業を対象に、一時帰休した労働者の再雇用を促すことを目的としている。融資の返済免除を受けるには、資金の75%を使って6月30日までに労働者を再雇用することが求められた。トランプ大統領がこの制限を緩和する法案に署名したことで、これまで以上に多くの中小企業を支援できるだろうが、再雇用に遅れが発生することも考えられる。さらに、当初の期限に沿って労働者を雇い戻した企業が、返済免除後に改めて解雇を行うかも知れない。

 

労働省によると、雇用者から毎月12日を含む給与支払い期間の全てまたは一部に対して給与を受けている労働者は、実際には勤務に就いていなくても「就業者」としてカウントされる。顧客の需要がほぼないにもかかわらず、PPPの資金から給与を支払った雇用者もいる。ここで疑問視されるのは創出された雇用の持続性だ。特に、米国経済が消費者の購買意欲にかつてないほど依存しているなか、当初の予定通りに失業保険の加算が7月に終了し、依然として数百万人もの失業者が市場に存在している場合の持続性が懸念される。

 

中小企業の10%が既に返済不能に陥っていると述べる。返済できないのが10社中1社のみであっても、600万人(米国全体の労働者の5%)超の職が失われることになる。また、PPPがこれまで支援しているのは中小企業のわずか15%程度だと同氏は指摘する。一方で、この2週間で米国全土に広がった抗議運動と暴動は、パンデミックのはるか以前から、好調な労働市場の指標の影に潜んでいた不公平さを反映している。

 

新型コロナウイルスによって低所得者層とマイノリティーが特に打撃を受け、格差はさらに拡大した。黒人層の失業率は4月の16.7%から16.8%に若干上昇したのに対し、白人層の失業率は14.2%から12.4%に低下した。

 

ウォール街と市民の日常との乖離は、市場の健全性や安定性への疑念を抱かせ

る。GMOは、直近の四半期レポートの中で、株式市場の株価収益率(PER)が過去の上位10%に入る高い水準にあるのに対し、景気は過去のワースト10%、おそらくワースト1%に入る状況だ。

 

市場は歴史的に高利益率、低インフレ、安定性(不確実性の低さ)を好感し上昇してきたが、これまでにないレベルのミスマッチが現在起きている。しかし、新しいタイプの危機においてはこのミスマッチも理解できる。今の状況には確実性はないが、警戒心や忍耐などはより安全な材料として評価される可能性もある。しかし、実際経済では、新型ウイルスの感染拡大を受け需給バランスが過去にない様相で急激に崩れ、企業の倒産が始まっている。