自然は偉大なチャーチスト

自然と人間が為す相場との関係を考察するブログです。

資本主義にはびこるウイルス

世界を襲った新型コロナウイルスは、それぞれの社会が抱えている病理を暴き出した。米国のそれは、絶望的なまでの経済格差だ。「今とは違う資本主義」への渇望は、「勝ち組」のはずの超富裕層にも確実に広がっている。

 

 米シアトル在住の起業家、ニック・ハノーアーは、米シアトル育ちの起業家・ベンチャーキャピタリスト。共著に「民主主義の庭」「真の愛国者」がある。
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ニックの考えるコロナ後の資本主義の形とは。

 

「私は、アマゾンの最初の出資者となって巨利を得ました。のちに世界最大手となるネット広告会社も創業し、マイクロソフトに約7千億円で売りました。小売り、金融、航空宇宙、ナイトクラブまで約40社の起業や経営に携わりました。リスクを恐れない性格と、先を見通す力が役立ちました。でも、成功した要因のかなりの部分は運です。アマゾンを創業する前のジェフ・ベゾス氏と友人だったことはとてつもない幸運でした。ニューヨークにいた彼に、シアトルに来るよう請うたのは私です」

 

「コロナ危機は世界的な株価急落を招きました。しかし、私も、金持ちの仲間たちも全く問題ありません。数百億円以上の資産をいったん築いてしまえば、株価が急落しようが、不動産バブルがはじけようが、心配ない。最も裕福な人たちは今も富を増やしています。私は飛行機も持っていますし、自宅のほかに大きなスキーハウスもあります」

 

「もう十分稼いだし、商売も極めました。これからは政治や市民社会にエネルギーを注ごうと決めました。米国社会が抱える最大の問題が格差です。私のような者がふさわしい額の何十倍も稼ぐ一方、典型的な働き手はあるべき額の半分しか得ていません」

 

「全米の最低賃金はいまも時給7.25ドル。物価と生産性が上がった分を反映すれば、本来22ドルになっていてもいいはずです。低賃金は、労働者の生み出す価値が低いからでも、能力がないからでもない。ひとえに労働者に交渉力がないせいだ、と気づいたのです」

 

最低賃金を無理に上げると雇用が減る、とよく言われます。最初、友人の経営者たちは皆反対でした。賃上げを支持するリベラル派の経済学者ですら、成長ではなく、モラルの問題として最低賃金を見ていました。しかし、全米初の最低時給15ドルを実現してからもシアトルは目覚ましく発展を遂げ、雇用も増え続けました」

 

「私には幅広い業種でビジネスをした経験から、直観がありました。資本主義経済は生態系のようなものです。森の植物が成長したからといって、その分だけ動物が廃れるわけではない。みんなの賃金が上がれば、我々のお客の懐も潤う。誰もが購買力を備えた経済の方が、ごく少数が全てを握る経済よりも成長するはずなのです」

 

「賃上げで閉店に追い込まれたシアトルの飲食店経営者は怒っていました。しかし、生活に困らない賃金を払えない経営者が、退場させられるのは仕方がないことです。自分に向いている別の仕事を見つけた方がいい。むしろ1軒廃業するごとに、新たに3、4軒が開業してきた資本主義の活力に注目すべきです」

 

「当初、私は教育の失敗が格差を生んだと信じていました。マイクロソフトビル・ゲイツ氏らとともに、低所得者が多い地域の教育システム改善に何億円も投じました。しかし、いくら子どもたちの成績が上がっても、所得は伸びず格差は開く一方でした。教育問題と20年間向き合い、ようやく悟りました。失敗したのは教育ではなく、経済そのものなのだ、と。最低賃金引き上げに取り組んだのはそれからです」

 

「米国は新型コロナの感染者数、死者数ともに世界最悪となり、経済の落ち込みも深刻です。持病のある人ほど重症化しやすいのと同様、元から病巣を抱えた社会ほど打撃が大きいのです。米国には、コロナとは別の『ウイルス』がはびこっていました」

 

「約40年かけて深まった新自由主義です。税金を減らし、賃金を低く抑え、企業への規制を緩める。富裕層が富めば、いずれ庶民にしたたり落ちる。そんなトリクルダウンの考え方が政治や経済を支配していました。政府の役割が軽んじられた結果、格差という病巣が広がり、社会のあらゆる側面がウイルス危機に無防備になっていました。政府が最も必要とされているいま、『政府は常に有害だ』と主張し続けてきた新自由主義者たちが政府を牛耳っている。その帰結が目の前の惨状です」

 

極端な格差は社会を壊し、いずれは富裕層の暮らしすら維持できなくなります。フランス革命のように人々が蜂起するだろうと予想したのです。トランプ政権の誕生でその予言は一部現実になり、コロナ危機では、文字通りの武装蜂起が起きました。銃を手にした人々が州庁舎前などに集まり、経済再開を叫んだのです」

 

彼らが主張する、感染の拡大が抑えられない段階での規制緩和は、愚かな行為です。こうした動きが欧州に比べて米国で目立つのは、貧しく蓄えもない層の大半がわずか数週間で生活の糧を得る手段を失ったためです。十分な額の給付金も届かないから、目の前にあるのは二択。家に閉じ込められたまま死を待つか、わずかな賃金のために死のリスクを覚悟して働きに出るか、です」

 

米政権と議会は3兆ドル(約320兆円)もの経済対策を打ち出しました。もはや新自由主義を捨てたようにも見えますが。

 

トランプ政権が改心したとは認めません。政権は、困窮する移民家族を給付金の対象から外す一方、もっとも豊かな人々や大企業にできるだけ多くのお金が流れるように画策してきました。そして、大企業は手元の現金がなくなったからと政府に駆け込み、救済を求めました。何兆ドルもの自社株買いによって株価を上げ、株主を富ませ続けてきた大企業に、そんな資格があるのでしょうか」

 

「コロナ禍のもと、米ウォルマートなど一部の勝ち組企業はますます支配力を強めています。新自由主義が力を得た1970年代後半から、独占を防ぐ規制や規範が骨抜きにされました。以前はどの地方都市にも地場のスーパーや百貨店がありましたが、最近は大型チェーンばかり。大企業なら好待遇が期待できるはずなのに現実は労働条件が搾取的です。利益は大都市が吸い上げ、地方は廃れました。手を打たなければ、その傾向が強まりかねません」

 

累進課税ならぬ『累進規制』です。大企業ほど高い最低賃金や厳しい労働規制を課します。地方都市が恩恵を受けますし、規模の小さい企業が有利になり、寡占を食い止める効果もあります。シアトルの最低賃金は最初、大企業とその他で差をつけました。中小企業の敵は労働組合でも、規制でもない。大企業なのです」

 

 

「約4千万人が失職し、米国は大恐慌に迫る雇用危機です。危機に乗じて賃金切り下げや一段の減税を狙う危険な動きも出ています。進歩派は、この危機を、従来とは全く別の物語を紡ぐ機会とすべきです。想像を超えた雇用崩壊は、需要が干上がったことで起きました。今回、資本主義経済で本当に雇用を生み出しているのは、1%の金持ちでもCEO(最高経営責任者)でもなく、99%の普通の米国人だったことが明白になりました。そこに向けた政策を練らなければなりません」

 

 「米大統領選は5カ月後。共和党よりわずかにマシなだけで、民主党新自由主義のウイルスに侵されてきました。私の言う『中道』は、共和党寄りの民主党員のことではありません。経済を支える99%の人々の利益を代弁する立場です。今より大きく『左』に寄らなければ中道ではない。候補者選びから撤退したサンダース上院議員極左扱いでしたが、『中道』と言えます。高い最低賃金も、国民皆保険も、富裕税も、資本主義の枠内で当たり前の賢明な政策であり、大多数の有権者が望んでいるのです」

 

 「日本はこれまで米国などをモデルに金融・資本市場改革を進めてきた。賃金減や環境規制の緩和につながる改革ならそれは、誤りです。しかし、起業家がリスクをとり、必要な資本にアクセスし、存分に競争できる改革ならば進めるべきでしょう。問題を解決するために異なるグループが競い合い、全体として進化する。資本主義の良さをより発揮できる方へと向かうべきです」